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東京高等裁判所 昭和34年(う)529号 判決

控訴人 被告人 中野太郎 外二名

弁護人 池田英映

検察官 山口鉄四郎

主文

原判決を破棄する。

被告人中野太郎、同小林源二郎、同小林沃を各懲役八月に処する。

但し被告人三名に対しこの裁判確定の日から各三年間右各刑の執行を猶予する。

押収にかかる時計十五個のうち十三個(当裁判所昭和三四年押第一七〇号の一乃至六、七のうち一個、八乃至一一)は被告人三名から、二個(同押号の七のうち二個)は被告人中野太郎から各没収する。

被告人三名から金三万九千四百円を各追徴する。

理由

各所論のうち追徴の当否につき按ずるに、原判決は、主文において、被告人中野太郎から二十九万六千五百円を、被告人小林源二郎から三十一万一千六百円を、被告人小林沃から三十五万九千七百円を各追徴する旨言い渡しているのであるが、原判決が右の如く各追徴を言い渡した所以は、原判決判示各事実をその挙示する証拠と対比検討するに、被告人中野太郎に対しては、同被告人が判示第一の二記載のとおり、被告人小林沃及び同小林源二郎から不正行為により関税を免れて密輸入された貨物であることの情を知りながら買受けたスイス製腕時計合計六十六個(原判決別紙一覧表(二)の十二個及び同表(三)の五十四個)について、被告人小林源二郎に対しては、同被告人が判示第二の一、二記載のとおり、被告人小林沃から前同様の情を知りながら買受けたスイス製腕時計合計六十七個(同表(四)の十三個及び同表(五)の五十四個)について、被告人小林沃に対しては、同被告人が判示第三の一、二記載のとおり、吉田龍男及び渡辺栄一から前同様の情を知りながら買受けたスイス製腕時計合計七十九個(同表(六)の十三個及び同表(七)の六十六個)につき、それぞれ犯罪の行われた時における価格に相当する金額を追徴しているものと認められるのである。ところが、右各時計のうち、

(甲)原判決別紙一覧表(六)の十三個及び同表(四)の十三個は同一物件であつて、前同様の情を知つている吉田龍男→被告人小林沃→同小林源二郎の順に順次転売され、更にこれが判示第一の一及び同表(一)番号1乃至12に記載するとおり、被告人小林源二郎から同中野太郎に転売され、本件発覚当時被告人中野太郎においてこれを所有し所持していたので、原判決主文において、同被告人からこれを没収する旨言い渡されていることを認めることができる。

更に、原審において適法な証拠調を経た昭和三十二年十月十四日附東京税関監視部審理課長佐藤菊凍作成の「中野太郎らに係る関税法違反けん疑事件関係者の通告書写の送付について」と題する書面(記録書証綴(一)五八丁以下、通告書写八通を含む)並びに当審において適法な証拠調を経た昭和三十五年十一月十八日附東京税関監視部長鈴木邦一作成の「中野太郎等に対する関税法違反被告事件関係者の通告処分結果について」と題する書面(通告書写九通を含む)、同年十二月二十一日附右鈴木邦一作成の「中野太郎等に係る関税法違反被疑事件関係者の処分について」と題する書面を参酌勘案すると、

(乙)原判決別紙一覧表(七)番号1、2、4、8、10、の十二個及び同表(二)番号1乃至12の十二個は同一物件であつて、いずれも前同様の情を知つている渡辺栄一→被告人小林沃→同中野太郎の順に順次転売され、更に被告人中野から右の情を知つている青沼久雄、本橋元助、飯田浩造、福島隆夫に転売されたのであるが、そのうち二個(同表(二)番号2、3これに対応する同表(七)番号2、4、のうち各一個)は、東京税関において本橋元助に係る犯則事件につき同人に対し関税法第百三十八条に基きこれを没収に該当する物件として税関に納付すべき旨の通告処分をなし、同人において昭和三十二年十月中右通告の旨を履行したため、既にその所有権が国庫に帰属しており、その余の十個は、右青沼等から右の情を知らない第三者に転売されたため、東京税関において、右青沼、飯田、福島に係る犯則事件につき、同人等に対し、前記法条に基き、没収に代る追徴に相当する金額を税関に納付すべき旨の通告処分をなし、福島は昭和三十二年十月中、飯田は同年十二月中、青沼は同三十三年七月中、それぞれ右通告の旨を履行したため、右各追徴相当金額は国庫に帰属していること、

(丙)原判決別紙一覧表(七)番号3、5、6、7、9、の十個、同表(五)番号1乃至5の十個及び同表(三)番号1乃至10の十個は同一物件であつて、前同様の情を知つている渡辺栄一→被告人小林沃→同小林源二郎→同中野太郎の順に順次転売され、更に被告人中野から、右のうち六個(同表(三)の番号2乃至4、6、8、9、これに対応する同表(五)の番号2、3、4のうち一個、5、同表(七)の番号3、5、7のうち一個、9)は、右の情を知つている福島隆天、飯田浩造、狩野亨に転売された後、同人等から右の情を知らない第三者に転売されたため、同人等に対し前同様東京税関の通告処分がなされ、福島、狩野は昭和三十二年十月中、飯田は同年十二月中、それぞれ通告の旨を履行して追徴に相当する金額を税関に納付し、他の一個(同表(三)の番号7これに対応する同表(五)の番号4のうち一個、同表(七)の番号7のうち一個)は、右の情を知つている本橋元助に転売され、同人の所有に属していたため、同人に対し前同様東京税関の通告処分がなされ、昭和三十二年十月中右本橋において右通告の旨を履行して没収に該当する物件としてこれを税関に納付し、既にその所有権が国庫に帰属しており、その余の三個(同表(三)の番号1、5、10これに対応する同表(五)の番号1、4のうち二個、同表(七)の番号6、7のうち二個)は、右の情を知らない第三者に転売されたため、これら善意の転得者については、犯則事件として通告処分がなされていないこと、

(丁)原判決別紙一覧表(七)の番号11乃至33の四十四個、同表(五)の番号6乃至28の四十四個及び同表(三)の番号11乃至50の四十四個は同一物件であつて、前記のような情を知つている吉田龍男→被告人小林沃→被告人小林源二郎→被告人中野太郎の順に順次転売され、更に被告人中野から、右のうち二十七個(同表(三)の番号11乃至19、22、23、26、28、30、32乃至36、40、44、47乃至49これに対応する同表(五)の番号6、7のうち二個、8乃至10、12、13のうち一個、14、15のうち一個、16のうち四個19、20、22、24のうち一個、26、27同表(七)の番号11、12のうち二個、13乃至15、17、18のうち一個、19、20のうち一個、21のうち四個、24、25、27、29のうち一個、31、32)は右の情を知つている青沼久雄、福島隆天、加藤修、新井金之輔、塚本初男、須賀富造、五十嵐脩、箕和喜一、酒井弘、宮地茂、中村幸一、狩野亨、菅谷邦雄に転売された後、これらの者から更に善意の第三者に転売されたため、これらの者に係る犯則事件につき前同様通告処分がなされ、昭和三十二年十月中から同三十三年八月中に亘る間いずれも追徴に相当する金額が国庫に納付され、他の三個(同表(三)の番号20、24、25これに対応する同表(五)の番号7のうち一個、13のうち二個、同表(七)の番号12のうち一個、18のうち二個)は右の情を知つている本橋元助に、六個(同表(三)の番号31、37、41乃至43、50、これに対応する同表(五)の番号17、18、21のうち一個23のうち二個28同表(七)の番号22、23、26のうち一個、28のうち二個33)は右の情を知つている中村幸一に、一個(同表(三)の番号38これに対応する同表(五)の番号21のうち一個、同表(七)の番号26のうち一個)は右の情を知つている須賀富造に、それぞれ転売され、同人等の所有に属していたため、右三名に係る犯則事件につきいずれも前同様通告処分がなされ、没収に該当する物件として税関に納付されて国庫に帰属したが、その余の七個(同表(三)の番号21、27、29、39、45、46、これに対応する同表(五)の番号11、15のうち二個、16、23、24のうち各一個、25、同表(七)の番号16、20のうち二個、21、28、29のうち各一個、30)は、善意の第三者に転売されたため、これら善意の転得者については犯則事件として通告処分がなされていないこと、

を認めることができる。

思うに、関税法第百十八条において、犯罪に係る貨物等を没収し又はこれを没収することができない場合に、その没収することができないものの犯罪の行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴する趣旨は、国家が関税法規に違反して輸入した貨物又はこれに代るべき価格が犯人の手に存在することを禁止し、犯人連帯の責任においてこれを国家に納付せしめ、もつて密輸入の取締を厳に励行せんとするにあるものと解すべきであり(昭和三四年(あ)第一五八二号昭和三十五年二月十八日第一小法廷判決、最高裁判所判例集一四巻二号一五三頁参照)、関税法における没収、追徴は、犯人からの利益の剥奪というよりも、むしろ犯則防止のための保安処分たる性質をも有するものであるから、既に同一犯罪貨物等について関係犯則者(共犯たると否とを問わない)の一人から没収があり、これ等が国庫に帰属した以上は、他の関係犯則者に対し没収に代る追徴をなすことは許されず、また犯罪貨物等が、数人の犯人の間に順次譲渡された後、その没収すべき物件が善意の第三者の所有に帰したため没収しない場合には、その数人の犯人にはいずれも関税法第百十八条第二項の規定により没収に代る追徴の言渡を受くべき責任は存するけれども、この場合においても、その一人から既に犯罪が行われた時の価格に相当する金額が追徴され国庫に帰属した以上、犯罪が数個存するの故をもつて、更に他の関係犯則者から右金額を重畳的に徴収することは許されないものと解すべきである。そして犯則事件における税関長の通告処分は、税関長が犯則事件の調査により犯則の心証を得た場合に、その理由を明示し、罰金に相当する金額及び没収に該当する物件又は追徴に相当する金額を税関に納付すべき旨を犯則者に通告する処分であつて、犯則者が右通告の旨を履行したときは、同一の事件について公訴を提起されないのであるから、没収に該当する物件又は追徴に相当する金額を納付すべき旨の通告処分に対し、犯則者がその通告の旨を履行した場合は、関税法第百十八条第一項に従い、裁判により没収又は追徴があつた場合と同様、同一物件について他の関係犯則者に対し同条第二項により没収に代る追徴をなすことは許されないものと解するを相当とする。

また、関税法第百十八条第一項第二号の反面解釈によると、犯人が同項所定の犯則貨物を譲渡した場合において、譲受人が犯則貨物であることの情を知つている限り、その物件が犯人の所有に属していなくても、これを犯人から没収すべきものと解すべきであるから、犯則貨物が数人の情を知つている犯人の間に順次譲渡され、最終譲受人の手中にある間に犯則事件が発覚し、右数人につき公訴が提起され、犯則貨物が証拠物件として押収されている場合、その数人の犯人は、各自同法条第一項の規定により没収の言渡を受くべき責任が存する筋合であるから、右貨物は右数人の犯人から没収する旨を言い渡すのが相当であり、所有者以外の犯人につき、同法条第二項に規定する没収ができない場合に該当するものとして、没収に代る追徴を言い渡すべきではない。もつとも、右のような場合、数人の犯人の一人につき没収の裁判が確定し、犯則貨物が既に国庫に帰属しているときは、裁判未確定の他の犯人につき更に没収を言い渡すべきではないが、この場合においても、これらの犯人につき、前同様、没収することができない場合に該当するものとして、没収に代る追徴の言渡をすることは許されないものと解すべきである。

しからば、前記のように、犯則物件が善意の第三者の所有に帰したため没収せず且つ被告人三名以外の者から追徴もなされていない原判決別紙犯罪一覧表(三)の番号1、5、10、21、27(二個)、29、39、45、46、これに対応する同表(五)の番号1、4のうち二個、11、15のうち二個、16、23、24のうち各一個、25同表(七)の番号6、7のうち二個、16、20のうち二個、21、28、29のうち各一個、30の十個については、これらの本件各犯罪が行われた時の価格に相当する金額合計三万九千四百円を被告人三名から各追徴するのが相当である。しかるに原判決は、原判決別紙一覧表(一)の1乃至12(同表(四)及び(六)の各1乃至12はこれと同一物件である)の犯罪に係る物件は現に押収され、没収すべきものであるのに拘らず押収分については被告人小林沃が同小林源二郎に、同人が更に被告人中野太郎に順次これを譲渡したとの理由で右貨物の犯行時の価格相当額を被告人小林源二郎、同小林沃から各別に追徴し、その余の犯罪にかかる貨物については、前記のように、或は税関長の通告処分に基き没収に該当する物件が犯則者より税関に納付され既に国庫に帰属し或は同様通告処分に基き追徴に相当する金額が税関に納付され国庫に帰属しているのに、これらの貨物の犯行当時の価格に相当する金額を更に被告人三名から各別に追徴すべき旨判示しているのであつて、右は関税法第百十八条の没収、追徴に関する規定の解釈及び運用を誤つたものといわなければならない。そして右の誤は判決に影響を及ぼすこと明らかである。各論旨は結局理由あることに帰し、原判決は破棄を免れない。

よつて、松目弁護人及び進藤、日野両弁護人連名の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のように判決する。

原判決が適法に確定した判示各事実に法律を適用すると、被告人等の判示各所為は関税法第百十二条第一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により被告人中野太郎については犯情最も重い判示第一の二、別紙犯罪一覧表(三)の番号11の罪の刑に、被告人小林源二郎については犯情最も重い判示第二の二、別紙犯罪一覧表(五)の番号5の罪の刑に、被告人小林沃については犯情最も重い判示第三の二、別紙犯罪一覧表(七)の番号9の罪の刑に、各法定の加重をした刑期範囲内で被告人三名を各懲役八月に処し、犯情右各刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二十五条第一項により被告人三名に対しこの裁判確定の日から各三年間右刑の執行を猶予し、関税法第百十八条第一項により、押収にかかる腕時計十三個(当裁判所昭和三四年押第一七〇号の一乃至六、七のうち一個、八乃至一一)は被告人中野太郎の原判決判示第一の一別紙犯罪一覧表(一)の番号1乃至12被告人小林源二郎の同判示第二の一、前同表(四)、被告人小林沃の同判示第三の一、前同表(六)の各犯罪に係る貨物で、それぞれ右の情を知つている被告人三名の間に順次譲渡され、被告人中野太郎の所有に係るものであるから、これを被告人三名から各没収し、押収にかかる腕時計二個(前同押号の七のうち二個)は同判示第一の一、前同表(一)の番号13の犯罪に係る貨物で被告人中野太郎の所有に係るものであるから、これを同被告人から没収し、別紙犯罪一覧表(三)の番号1、5、10、21、27(二個)29、39、45、46、同表(五)の番号1、4のうち二個、11、15のうち二個16、23、24のうち各一個、25、同表(七)の番号6、7のうち二個、16、20のうち二個、21、28、29のうち各一個の腕時計十個は、被告人小林沃が犯則貨物であることの情を知つて渡辺栄一又は吉田龍男から買受け、同様情を知つている被告人小林源二郎、同中野太郎に順次譲渡され、更に右中野から情を知らない第三者に譲渡し、その所有に帰したものであるから、いずれも関税法第百十八条第一項第二号によりこれを没収しないが、同条第二項により各その犯罪が行われた時の価格に相当する金額を追徴すべきところ、犯人連帯の責任において納付せしめる趣旨の下に、右十個分の犯罪の行われた時の価格に相当する金額三万九千四百円を被告人三名から各追徴する。

なお叙上没収及び追徴の対象となつたもの以外の腕時計は、前掲通告処分結果に関する東京税関係官作成の書面三通並びに原判決の挙示する証拠に照らし、本件各犯罪が行われた後、犯則貨物であることの情を知つて被告人中野太郎からこれらを取得した被告人三名以外の犯則者が税関長の通告処分により通告の旨を履行し、没収に該当する物件を税関に納付し、或いは犯則物件の没収に代わる追徴金に相当する金額を税関に納付し、それぞれ国家に帰属していることが明らかであるから、これらについては、被告人等から没収に代る追徴をしないこととする。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 司波実)

弁護人進藤寿郎外一名の控訴趣意

第四点原判決は憲法第二九条に違反する。須らく破棄是正されなければならぬ。

犯人以外の第三者の所有権、その他の物上権を、これらの者について犯罪に対する責任を問う場合でないのに、特にその善意、無過失の場合、無償且つ強制的に剥奪追徴することは財産権の不可侵を保障する憲法二九条に違反すること前叙第三と同じである。没収追徴の効力が犯人以外の者であつて当該没収追徴の目的物に対し法律上の利益を有する第三者に及ぶものである限りこの第三者に対しその没収追徴手続に当事者として参加する権利の認めらるべきこと、そしてこのことは没収追徴が対物処分として対世的効力を有することの没収追徴の本来の性質に由来することであるばかりでなく訴訟法の面からの要請でもある。裁判において没収追徴として財産権を剥奪することは憲法の保障外だとか、この場合の没収追徴を法律(関税法第百十八条)に規定された事項について裁判所が訴訟法に従つて言い渡した処分だから合憲だとするのであればおよそ法令の違憲ということは存在し得べくもないことになるであろう。

犯人以外の第三者の所有権その他の物権を剥奪する場合の没収がいわゆる刑罰としては理解出来ない憲法の保障する基本的人権としての財産権の保障は先ず以て国家権力に対する関係において主張立証されなければならぬ。財産権と雖も公共の福祉のために制約を受けることは免れないとしても、その制約が刑罰として課せられる場合は格別、そうでなければ、やはりこれを公共のために用いる場合に於けると同様、「正当な補償」を必要とする。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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